■ファッションの批評ってそもそも曖昧じゃね?哲学的に考察したらエヴァンゲリヲンに到達
![]() | ファッションは語りはじめた 現代日本のファッション批評 蘆田裕史 千葉 雅也 林 央子 井伊 あかり 黒瀬 陽平 田村 有紀 藤原 徹平 金森 香 中村 茜 安城 寿子 フィルムアート社 2011-08-24 売り上げランキング : 32054 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「東京コレクション」選考委員ブランドに助成金 ― スポニチ Sponichi Annex 社会
日本最大のファッションイベント「東京コレクション」を主催する一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構(JFW)が昨年、国の補助金など200万円が得られるブランドを選考した際に、選考委員の1人が取締役を務めるブランドを対象10ブランドの一つに選んでいたことが4日、分かった。日本ファッションの世界への発信力を高めようという官民挙げた事業だけに、運営の透明性に疑問の声が出ている。
ファッションブランドの選考審査と、批評とはまた違うかもしれませんが、評価を下すという点では一緒だと思います。この問題が浮き彫りになって、まだJFWはこんなことしているのか、という溜息とともに、この記事を書くことを決めました。ファッション批評の仕方を今一度考えてみるお話です。
昨年は、ファッション業界の激流の中でかなりマニアックで深い書籍がいくつか出版されましたが、こちらの「ファッションは語りはじめた」もその1つだろうと思います。もう1つ、林央子さんの「拡張するファッション」もかなり深い内容でした。コンセプチャルではありますが、昨今のパリミラノコレクションの表舞台とは違うもう1つのファッションの見方。ぜひご覧頂けたらと思います。
その林央子さんも、「拡張するファッション」の中の記事を使って、ファッションを「囲い込む」視点から解放しようよ、という提案を「ファッションは語りはじめた」の中で書かれています。
目次
1 対談
ファッション批評の可能性と条件をめぐって
2 新しい視点でジャパニーズブランドを語る論考集
NIGOの「クリエイティビティ」
アンダーカバーとノイズの美学
洋服から身体を引き剥がす
完全なる「日本」 – matofuの表現
3 ファッションの輪郭
鈴木親の仕事 2008-2011
「囲い」の外へ飛び出すファッション
「モダン」と出会う着物
4 座談会
ドリフのファッション研究室<特別番外編>
5 ストリート/サブカルチャーから生まれたファッションの流れとムーブメント
乖離する衣服と身体 アニメ・マンガから見た90年代以降の日本ファッション史
僕はキャラクターにはなれない
「カワイイ革命について」
ファッション≒ストリートカルチャーだった90年代を再考する
この目次のように、本書はコムデギャルソンとヨウジヤマモトで湧いた80年代以降の日本のモードファッションと、その後の批評・考察が、列挙されています。もちろん書いている人たちは、皆ファッションに造形の深い人達ばかり。批評家はもとより哲学家が多いかも。
章で1つ1つ拾っていくには多様化しすぎてまとめられない。
そこで本記事では、最初の章「ファッション批評の可能性をめぐって」という対談が非常に興味深いので取り上げてみます。まあ、この1章が他の章に関連しているものであり、批評のルール作りのまとめ考察のような存在も兼ねているため、この章に集中することが、本が目指す青写真みたいなものが見えてくると思いまして。
この書籍は、文化(サブカルも含む)・社会・思想・芸術・哲学・宗教学みたいなものが関わってきてものすご〜く抽象的な表現が多くなりがちです。「ザ・哲学!!!」。
ということなんで、私のほうで噛み砕いて噛み砕いて、歯がボロボロになるまで分かりやすいように書きたいと思います。試行錯誤です。分かりやすく書くと、どうしても主旨と離れていく部分もあるかもしれないので、その点注意が必要ですがあらかじめご了承のほどを。 また、専門用語は説明しますが、全部説明するとそれだけで終わるので、特定の専門用語が掲載されているサイトにリンク先を貼りますので、確かめてください。さらに、出てくる人物が書いた名著も紹介しておくので、興味があれば本書と一緒に読んでみるのも、深まるかもしれません。
■ファッションを批評する困難と打開策の青写真 蘆田裕史(キュレーター)×千葉雅也(哲学者)
蘆田裕史と千葉雅也の対談から。ファッションのブランドだったり商品だったりを批評するにあたり非常に難しい点をあげています。紹介する対談は、内容が前後逆に説明しますが、読者にとってはそのほうが分かりやすいと思いました。だからそうします(笑)。
なるべく読みやすいように。あとは僕の文章能力をあげなきゃいけないんですけどね(汗)
では、まずファッションの批評をするにあたり、ファッション、衣服そのものをどう定義、解釈するかという問題についてです。根本的すぎる話ですよねー。 ここで言うファッションというのはモードファッション(その時代の最先端のファッション)。というのも、デザイナー達が批評の対象になるわけですからモードファッションとなります。なるべく、普遍性はなしにしようという暗黙のルール。
【社会の実情と(モード)ファッションをつなげるような考え方(衣服論)にしたくない】
■哲学的に考えるモードファッションとは?
千葉雅也:やはり、社会学系の人が「これ(モードファッション)は、こういう社会的な事情で決まっているんだよ」と言ってきたときに跳ね返せるだけの、対象それ自体に即したレトリック(言い方)が使えるかどうかだと思いますよ。とはいえ、いくつかの公理(証明が不要な事柄を述べたもの)が欲しいよね。それは共同研究して作っていく必要があるんじゃないかと思う。
モードファッションを批評するのは、たいていファッション雑誌の分析か、モードファッションの背景にある社会を読み取るを社会的分析になる。身体と衣服という根本的なお話、人間の心のお話が少ないから、もう1度考えてみようとお二人。社会学的な方向に行ってしまいがちなのは、「ファッションがまとまった実体がない」という視点で考えています。
これがモードファッションが存在する所以と2人の話では解釈しています。普通は、最先端のトレンドを意識したスタイルになるわけですが、ここではもっと哲学的に話を遡らせます。
◎モード≒様態≒全てのつながり⇒身体と衣服のつながりは身体論か偶然か
モードという言葉の起源の1つ、「様態(modus)」ということに本書では書かれています。様態ってなに?これはスピノザ哲学の考えなんですが、簡単に言うと「全てのものはつながっていて、ここでいうなら衣服と身体ももともとつながっている存在」ということです。だから、その様態という、衣服と身体の強いつながりがあるわけで、何かしらの原因で少しずつ実体を変えていくもの(それがモード)、と彼らは言いたい。そこを「社会の現象」という言葉でもっともらしく言って切り離したら元もこうもないよね、というお話が出ています。
衣服のトレンドは、社会経済の影響を受けている(これは後述する)けどそのこと1つでまとめないでよ!ということです。でも、実際は巷に溢れている考察はそのことが多いからどうしようか?ということを2人で真剣に話しています。これが、ファッション批評の根本的な問題のスタートです。
■衣服が先か身体が先か - その悩みの先に2つで1つが存在する
そのためのレトリック(言い方)をどうしようか?皆を納得させる理論武装の方法論を考えます。そこで、考えたファッションの対象である衣服について、バーチャルな身体と表現したらどうだろうか?という話になります。
バーチャルというのはネットでのアバターという自分の化身がありますよね。自分の身体と衣服を着るという行為で初めて成り立つのがファッション、ということだけで語られない時代だから、行為を越えて気持ちでもつながれるという、もう1歩深い階層に考えを下げる必要があるんじゃないかな?なんていうお話。
そこで、身体こそが第1の衣服であるという『モードの迷宮 』で身体論を説いた哲学家、鷲田清一氏と、「衣服は身体の拡張である。衣服は第2の皮膚である、あるいは第2の身体である」という『メディア論
』で説いているマーシャルマクルーハンの言葉を戦わせて2人の対談の折衷案を考え、より高みを目指して考えます。
ちなみに、鷲田清一氏の身体論とマーシャルマクルーハン氏のメディア論(人間の機能拡張)という主張の違いをすごく簡単に説明しておくと以下です。
『身体論』:身体こそが第1の衣服 衣服⇔身体の関係 ※ただし3次に限る!
外で全裸の人はいない。それは衣服こそがあって身体なのであって、衣服こそが意識における皮膚である。衣服が皮膚として身体に輪郭を与えるから、自分も人もそれを常に観ている。
『メディア論』の機能拡張:衣服は第2の身体 身体⇒衣服⇒人間の身体として発展
すべてのメディアは、人間の機能および感覚を拡張したものであるという考え。衣服もその1つで、機能は体温調節機能。ちょっと冷たい身体論と比べると冷たいイメージがあるけど、実はガンダムのモビルスーツがこれにあたるのではないか、という考えがある。
この身体論、メディア論にある欠陥。それが先ほどのお話ですがバーチャルな部分をおさえていないところ。バーチャルの世界で自分のアバターの着せ替えがあり、リアルな身体と衣服は説明のつかない大きな流れです。
「生身の身体」が「身体の上に」衣服を身につけることだけを想定する上述の2つ理論から現在は身体と衣服が同一化(2つで1つの存在)するものではないか、というところ落ち着いてきます。
こうして、モードファッションの位置づけ、補完的な考えとして「潜在的な身体としての衣服」を提唱。これは、シュルレアリスムがもとになっています。日本ではシュールと皆言いますが、世間で使われている意味ではなく、「絶対的現実」「過剰なまでに現実」という、ちょっと意図的に現実を拡げてあげて、相対するものを仲良く統合させてみましょうよ!という考え。
「身体と衣服が同一化(2つで1つの存在)するもの。潜在的な身体としての衣服」というちょっとややこしい表現だといまいちイメージが沸かないですよね。簡単に言うと、エヴァンゲリヲンの原理なです。そう、
エヴァンゲリヲン!
これは、別にアニメに擦り寄っているわけではなくて、一番分かりやすい例だから。エヴァンゲリヲンはロボットではなく汎用人型決戦兵器。つまり人造人間。そして、パイロットの神経との接続があることから、パイロットの身体の内部にまで存在が侵出しています。エヴァンゲリヲンに与えられたダメージ=パイロットのダメージ。ただの拡張機能とも違う。エヴァと碇シンジは2つで1つ。同一化されているんです。潜在的な身体はエヴァンゲリヲンであるということが、今までの説明から言えるという。
神経でつながっているというのが、また哲学的に効いてくるんです。というのも、最初に紹介した哲学者スピノザの影響を受けて「感じる脳 」を書いたアントニオダマシオという脳科学者は、心と身体は表裏一体と話しているからです。「心」の場所はどこか、それは脳から出ている無数の神経系にあるのではないか?というのがダマシオの考えで、自律神経なんかも関係しています。だから、エヴァンゲリヲンの神経は碇シンジという脳とつながっている。あるいは、逆の定義もしかり。
【まとめ】
(モード)ファッションを司る衣服とは、潜在的な身体としての衣服でありシュルレアリスムを通して同一化されるものである。
あるいは、非論理的かもしれないけど、全ては偶然の産物。人間中心主義というエゴで装飾を考えるから、前に進めない。フラクタル幾何学だって自然が織り成す立派なデザインであり装飾。
さて、やっとファッション批評の現状と問題を考えるスタートに立てます。このくらい、深く衣服と身体からファッションを考えてみる事で、初めて「社会の実情がどうのこうの・・・だから、今のモードファッションのトレンドは〜」みたいな話から離れて批評する土台ができるわけです。しかし、次からはデザイナーと批評家との関係、批評するための枠組みという現実の問題へと話が進み、その先にある打開策としての青写真をお二人が考えていきます。いよいよ後編です。
【ファッション批評をするための開かれた資料体をつくる考察】
■ファッション批評の問題点
さて、ここからは、千葉雅也氏のお話がメインになりますが、まあ難しい(汗)。まずは、ファッション批評の問題点を箇条書きにすると・・・、
◎批評する対象をスタイリングでみるのか、モノとしてみるのか、製品カテゴリ(カットソーがよいか悪いか)・・・どんどん突き詰めるとそういうことが議論されていない。
◎(全体像というけれど)服によって情報量が違う。プレゼンのやり方も違う。何の作品として捉えるのが難しい。理論・言葉・歴史的背景とは別に議論の前提となるものが共有できていないと、批評しにくいよね。
⇓ この改善策として批評する人、受容する人を「ファッションの世界」に取り込む作業
批評をシステムとする = インフラクリティーク
インフラ(基礎)+クリティーク(批評)でインフラクリティーク。簡単に言うと批評以下の批評ということ。
詳しくは、思想地図β vol.1や、動物化するポストモダン
を参照して頂きたいのですが、本当はもっと複雑な定義です。超ざっくりで批評の基礎作りもできていないからしようよ、ということを意味していると思います。批評する場合の青写真を考えることで、データベース(下記に意味を記述)なるものからコーパス(物語としての資料体)へ、というのがこの考えの根底にあるそうです。
今の現状は、デザイナーからはプレゼンを投げっぱなし。批評家は上っ面で書きっぱなし。しかも癒着なんてものが入ってきたら論外ですよね。お互いキャッチボールができていない。システムとは両者が連動して初めてなりたつことなのでそうしたいという思いがあるわけです。
データベース:無秩序な記号の集まり。相互に関係のない異質なものが、階層的な上下関係ではなく、横の関係で結びつくさまを表す概念。リゾームとも言う。
ブランドロゴ、コラボ、キャラクター、表面的に系統やタグ付けをしてはくっつけていくこと。最終的に「大きな非物語」となる。
ファッション誌、ファッションの書籍がお決まりとして言うような、
コムデギャルソン=「脱構築」
シャネル=「モダニズム」
マルタンマルジェラ=「ミニマル」「アンチモード」
という、タグ付もデータベース的。
コーパス:モノ・コトの背景にある歴史や物語。データベースより深い意味でのタグでそれぞれに秩序がある。関係性がある。物語をつなげる行為によって生まれた価値。あくまで、1人1人が主体的にモノ・コトに参加して共有し合うこと。ロゴやキャラクター、社会的価値に依存しない。
何度も本書で出てくるのですが、コムデギャルソンやヨウジヤマモトの80年代は、西洋の洋装の美の背景から抜け出していた背景があるため、賛否両論がおこる分批評しやすい。
しかし、90年代以降のファッション史、裏原、ギャル、アニメ・マンガといったサブカル要素が強く入ってくると、批評するための資料体を作る作業が圧倒的に難しなるそうです。
それを克服するために、仮に固定された資料体をつくるのはどうだろうか?というのがファッション批評をするための基礎作りに関する2人の案です。これは、メディアも含めて服飾評論家達が、その都度書き換えられるもの。仮固定ですから。これが普遍的ものになっちゃうと、イメージがひとり歩きしていくということですね。
批評家全員が会場に入れないし、映像でみたものと生で見た印象は全然違うから。でも、この資料体をつくるためには、デザイナー自身も提示の仕方などを工夫しなきゃいけないし、お互い発言できる機会がないと成り立たない。 ガップリ四つな時が必要になってきているのかもしれません。読んでて感じました。
⇓ 批評家とデザイナー達の真剣な議論でコーパス(資料体)ができる。見せ方の統一化を望む
■ファッションショー>ショップのディスプレイ>商品への愛 になってはいけない
これは、簡単に言うと東京コレクションのことにもなってくるのですが、ファッション系雑誌・新聞は、一番大きなショーを取り上げるところがある。これはしょうがないことだけど、その超一部以外の部分。実際の売り場の雰囲気、スタイリング、商品という情報を付加していくことによって、ファッション批評の価値が高まるということ。上記の物語消費にもつながる。
■ファッションと資本経済(ビジネス)は切り離せない。だからエセ哲学的なブランド(擬 - 作家主義)に気をつけよう
◎世界にはビジネスとしてファッションを扱うジャーナリズムと、ビジネス性を抑制する擬 - 作家主義がある。
この対談で書かれていませんが、超ビジネス志向なのは非常に分かりやすいですよね。ファスファッションとか、トレンドを追求しているブランドあたりは、とにかく在庫をさばいて売れてなんぼ、という世界。さっぱりしております。 H&Mなどのファストファッションがその例です。
千葉雅也氏いわく、要注意なのが、「擬 - 作家主義」。ファッション企業である以上、ビジネスとは切り離せないにも関わらず、経済を超越した非ビジネス志向で近代的な純粋芸術の理念という仮面を被っている一部のブランドやデザイナー達。シャネル、マルジェラあたりに名指しで軽くdisが入っていますが、それを言うならコムデギャルソンはどうなるんだと。ビジネス=クリエイションとも川久保玲氏は話しているんだからとツッコミを入れておきたいと思います。 最後のほうに、少しポストコロニアル理性批判で川久保玲への批判を紹介してはいます。
【最後に 今一度物語を語れるコーパス(資料体)をつくる協力が必要】
長くなってすいませんでした。実際は、専門用語のオンパレードで勉強不足の私にはまだまだ足りない部分があることを感じました。最初のほうでも紹介しました物語としての資料体、コーパスをモードファッションの中につくるために、哲学を入れて考えてきたわけです。ファッション誌の文章か、現代の社会学的側面を分析して、ブランド批評をするという昨今の流れに1つ鉄槌を食らわせたものかもしれません。お二人の願いは、こういう論理的でも非論理的でもいいから、プレイヤーを増やしたいということだそうです。
東京コレクションに参加するデザイナー、それを運営するJFWの関係者、メディア、批評家全体に投げかける面白いお誘いだと思いますが・・・。
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